あるならば、それは雲際から降りて来る人でなければならぬ。
 甲板に立つ人が幾つの眼を集めて見たからとて、こちらへ来る人の影は――といううちに、土地の海女《あま》や漁師は別として、田山らしい、白雲らしい人の影は、いずれにも見えはしない、茂公の出鱈目がはじまった、これでまあ、天気も変らないで済む――といったような、一種の気休めを与えるだけの効はありました。

         十一

 茂太郎の予報から約|一刻《ひととき》も経て、果して田山白雲の生《しょう》のものが、月ノ浦の港の浜辺に現われて、船をめがけて大きな声をあげました。
 心得て、ボートが迎えに来る。親船について、白雲は駒井の案内で、なにもかも目新しく、物珍しい目で船の内外を見廻しながら、船長室に伴われて、そこで二人の会談がはじまりました。
 介添《かいぞえ》には、お松が時々出てあしらう。
「駒井氏、せっかくここまで来たからには、どうして、目と鼻の間の石巻へ船をつけないですか――月ノ浦なんて、こんな辺鄙《へんぴ》なところへわざわざもや[#「もや」に傍点]ったのは、どういう了見ですか」
「左様、この月ノ浦を選んでこの船をつけたのには
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