べ》を知りません。
「茂ちゃん、そう取越し苦労をしたって仕方がありません、いつまで待っていたって、来る時でなけりゃ来やしませんから、休みましょうよ、まだ明るくなるまでには充分時間がありますから、下へ行ってゆっくり休みましょう。わたしも、なんだか、まだ寝不足だから、もう少し休ませてもらいましょう」
マドロスが兵部の娘につれられたのとは期せずして同工異曲に、お松は、茂太郎を引っぱるようにして自分の船室へ連れて行ってしまいました。
そこで、船の上下こそ、今度は全く静かなものになりました。茂太郎も、存外|素直《すなお》にお松の部屋へ来て、その一隅の寝床へもぐり込むと、早くもすやすやと寝息が聞えます。
騒擾事件《そうじょうじけん》の発頭《ほっとう》たるマドロスも、鼻唄の声さえ、鼾《いびき》の声さえ、洩れないほどに納まり込んでしまっていると見るよりほかはない。明朝は、朝寝、昼寝おかまいなしというお触れですから、皆さんが安心しきって羽目を外《はず》して寝込んだものです。
ひとり、駒井甚三郎だけが、船長室にカンカンと明りをともして、その光に熱心な面を射させて、海図であろうか、航海誌であろうか、
前へ
次へ
全227ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング