騒動の一幕にも、振向かなかったものに相違ない。
それほどまでに、七兵衛おじさんというものの来ることと、来ないことに関心を置いているこの少年。それは、多少とも縁ある人の去就に関心を持つことは人情には相違ないが、この少年が、これほどまで七兵衛おじさんを待兼ねている、それを思うと、自分の方がもう一層、それをなつかしがらなければならない義理でもあった――とお松は、ここで七兵衛の安否について、この少年の懸念《けねん》を頒《わか》つ心になってみると、この少年のなんだか沈んだ面色を見るにつけて、なんとなし、また一種の不安がこみ上げてくるのを如何《いかん》ともすることができませんでした。
「ここへおつきになることが遅いなら遅いでよいが、何かまた道中に変事があったのでは……あのおじさんに限って、旅に慣れているから、万々間違いはないと思うけれども……」
こう言っているうちに、そのなんとなしの不安が、いよいよ募《つの》ってくるものですから、茂太郎の傍を立去りかねているうちに、駒井は、もう一人で自分の部屋へ帰ってしまいました。といって、それ以上どうすることもできないお松は、茂太郎をなだめすかすほかの術《す
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