で面《かお》を見合わせました。
けれども、駒井の面にも、お松の面にも、まあこれで安心という快い色は見えませんでした。そうして二人とも、なんとなく興ざめ面で、無言にとって返さなければなりません。
お松は、ここでちょっと駒井に取りなす言葉のきっかけを失った思いです。事実、この際、もゆるさんが、あの人を自分の寝室に引取ってくれたから、それでようござんしたとも、いけませんでしたとも、お松としては言えなかったものですから、そのまま暫く無言で、船長室へ引返す駒井甚三郎のあとに従い、無言でたじたじと引返すよりほかはありませんでした。
そうして、お松は親柱のところへ来ると、また、思わずギョッとして立ちすくんでしまい、
「まア――」
檣柱《ほばしら》の下の俵を積んだ上に、人が一人、黙って坐り込んでいる。
「茂ちゃんじゃないの」
「あい」
「まア、お前――」
お松は、呆気《あっけ》にとられました。出鱈目《でたらめ》のうちの出鱈目、饒舌《じょうぜつ》のうちの饒舌である清澄の茂太郎が、ほとんど化石の彫刻みたように、チョコンとしてその俵の上にのせられたもののように坐っていたからです。
熟睡していた人
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