ごう》、組んずほぐれつ、収拾すべからざる大乱闘が捲き起されてしまったことは、船長室まで手に取るように聞えて来ました。
「まあ、なだめに行った船頭さんたちを相手に、また乱暴をはじめたようです、どう致しましょう」
「困ったことだ」
 駒井は苦り切っている。お松はいても立ってもいられない心持。あちらの船室内の騒動はいよいよ驚天動地。
「ほんとうに、田山先生がいらっしゃるといいのですが……」
 お松としても、時|艱《かん》にして英雄を思うの情に堪えられないが、徒《いたず》らに英雄を想うのみで、この際、自分としてはなんらの施すべき策も手段もありません。
 捨てて置けば、幾つかの人命にも関するほどになりはしないか――この上は、是非に及ばない、自分が出動して取りさばくよりほかはないと、駒井も思案して立ち上りました。お松もおどおどしてその後に従い、乱闘の方に進んで行きましたが、お松の心では、この殿様を、あんなところへお出し申したくはない、こんなことにまでいちいち殿様の御足労を煩《わずら》わさねばならないかと、痛々しさに堪えられませんでした。
 いかに酔っていても、船長の命令に服するだけの常識は残ってい
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