が――故意でも、偶然でもなかったのです。
そもそも、この月ノ浦というのは――それを説明する前に、溯《さかのぼ》って、東北の独眼竜伊達政宗を説かなければならないのですが、そうすると記述が徒らに肥えて、ロマンの肉が痩《や》せる。ただ、伊達政宗が、その昔、この港から、ローマへ使節を遣《つか》わした港であるということだけを、とりあえずしるして置く。
そうして駒井甚三郎は、かねて海外に志ある人としての伊達政宗をかなり研究していたところから、一つはその思い出のために、この由緒《ゆいしょ》ある港を選んで着船したものと見て置いていただいてよろしい。
本来ならばこの船が着くと同時に、真先かけて、はしけに立っている七兵衛の姿を見なければなりませんのですが、それが見えないことが、誰よりもまず清澄の茂太郎を失望させました。
茂太郎は船の舷上に立って、左の小腋《こわき》には例の般若の面をかかえたまま、呆然《ぼうぜん》として爪を噛んで陸地の方を見つめたままです。
「なあーんだ、七兵衛おやじが来ていないや」
これが着いたその夜のことです。夜のことでも、漁村と漁船には点々たる火影《ほかげ》が見えないというこ
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