雲の眼からは、あのままで、畳の中へ吸いこまれてしまったのか、でなければ、障子の隙間から消えてしまったようにしか受取れないので、やっぱり眼を光らして呆れ返って、さて、ホーッと太い息をついたのみであります。
九
駒井甚三郎の無名丸《むめいまる》が、あれからああして、無事に牡鹿郡《おじかごおり》の月ノ浦に着いたのが、洲崎を出てから十四日目の夜のことでありました。
着船は、わざと夜を選んだのは、駒井の思慮あってしたことでしたが、無論その前後、この辺の漁船商船が、駒井の異形なる船の出現を怪しまないはずはありません。
だが、朝になって見ると、その船の上に、仙台家の定紋《じょうもん》打った船印が立てられてあることによって、浦の民が安心しました。
御領主の御用船とあってみれば、文句はないのですが、駒井がそうして無断に仙台家の船印を濫用してよいのか、一時の策略で、それを利用してみても、あとの祟《たた》りというものはないか。
その辺には、駒井としては充分の遠謀熟慮があってのことだろうから、それは憂うるに足りないことでした。第一、船つきをこの月ノ浦に選んだということにしてから
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