に、あんまり身が入り過ぎて、他の多くのかんじんなことを、すっかり忘れ去ってしまっていたことに、我ながら苦笑いをしました。
そのうちの最初として、今晩たずねて来る口約束になっていた、あの名取川の蛇籠作《じゃかごづく》りの変な老爺《おやじ》――こっちは話に夢中で忘れてしまってはいたが、先方は、自分から念を押して今夜はかならずやって来るとあれほど言っていたのにまだ訪ねて来た様子はなし――責めは先方にあるのだ、と独文句《ひとりもんく》を言ってみたりしました。
八
まあしかし、明日という日もあるし、何とか沙汰があるだろう――と白雲は、タカを括《くく》って、その美しい夜具に身をうずめると、まもなく夢路の人となりました。
旅の疲れと、夜更しとで、かなりの熟睡に落ち込んで行ったはずの白雲が、夜中にふと眼をさましたものです。夜中とはいうけれども、寝に就いた時が、もう暁間近になっていたかも知れません。
ふと、眼がさめた途端、まず鶏の啼《な》く声が耳に流れこむと一緒に、有明《ありあけ》をつけて置いた朱塗の美しい行燈《あんどん》がぼんやりと――そうして、その行燈の下にうずくまって
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