人共に得心のなり申さぬ時勢、太閤百年の後、天下再び麻の如く乱るるや否や――然《しか》る上は、君は東北にあって本土の頭を抑え、不肖は九州にあってその脚を抑え、かくして、南北|相俟《あいま》って国家のために尽しなば、そのしあわせ、我々の上のみならずと存じ申す。よって、今日貴公の来臨を機会とし、伊達公と細川家――末永く親類の名乗りを致したいものでござるが――」
 練達堪能《れんたつたんのう》の細川三斎から、こう言われて、豪気濶達の伊達政宗が、その返答を躊躇するようなことはなかった。
「それは、深慮大計の御一言、不肖ながら我等とても同様の所存、然らば今日より、細川家と伊達家は、末永く親類づき合いをすることに致そう」
「早速の御承諾かたじけなし――然らば、その結納《ゆいのう》の記念として」
 細川三斎は、伊達政宗の手から王羲之の孝経を受取って――その場で二つに裂いた。
「この上半を君に進呈し、下半は忠興《ただおき》頂戴し、これを以て心を一にして、両家親類和睦の記念とつかまつる」
 そこで、この一巻が、伊達家と細川家と、両家にわかれての家宝となった。
 それより物変り星うつり、伊達家は政宗より五代
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