に立ち出でた駒井甚三郎は、次に、事務長室のところまで来て、また歩みを止めてコトコトと扉を打ちますと、こんどは明瞭な返事がありました。
「どなた?」
「駒井です」
「おお船長さま」
 中にいたのはお松です。お松は事務長室の卓子《テーブル》の上で、今まで一心に本を読んでいたことがよくわかります。
「何ですか、この本は」
「この間、殿様からかしていただいた御本でございます」
「おお、伊蘇保《いそほ》物語、どうです、面白いですか」
「まことに結構な御本でございます、今までこんなおもしろい、為めになる御本を読んだことがございません。あんまり結構でございますから、つい、登様の御機嫌を伺いに行くのも忘れて、今まで夢中に拝見いたしたところでございます」
「そうでしょう、それはたしかに面白くてためになる本、わしも感心して読みました」
「もとは西洋の御本だそうでございますから、わたしはまた金椎さんの大事にしておいでなさる、西洋のお寺のお経の御本かと思いましたら、そうではございませんでした」
「中身はお伽噺《とぎばなし》のようなものだが、このお伽噺は大人君子《たいじんくんし》も深く味わわなければならないお伽
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