こまで持って来たあの絵馬です。
 わざわざ持って来るほどのものではないが、捨てるのもなんだか心残りのようだから、ここまで持っては来たが、茂太郎ではあるまいし、これから先、どこまでも般若《はんにゃ》の絵馬と道行も変なもの。
 そこで白雲は、このまま店へ置去りにしてここを出ました。
 店を出ると名取川です。

         四

 田山白雲は、名取川の仮橋を渡りながら、今の岡っ引のことを思い返しました。
 岡っ引の言うことには、仙台城下が今日は物騒がしいから用心しておいでなさいと。
 それよりさき、純粋の奥州語をもって、飯屋の亭主夫婦と会話を試みていたところを拾い聞きにしての判断から言うと、その仙台城下の物騒というのは、やっぱり盗賊沙汰であるらしい。それも、市中商家を荒した盗賊ではなく、どうやら城内の然《しか》るべき部分をおかしたる某重罪犯人の捜索ででもあるらしい、ということを白雲が思い返しました。が、そんなことは深く心配せんでもいい。
 いつしか名取川の沿岸の風物に頭《こうべ》をめぐらして、眼を放ちながら、幾瀬の板橋を渡りきろうとした時分、ついそこの柳の木の下で、蛇籠《じゃかご》を編
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