い気でさげすんでばかりいてはならない、あれを追いかけなければならない、追っかけて手捕りにしなければならぬ使命と責任とを負う身だ――もう一ぺん、あの野郎を相手にロケーションを繰返さなければならない、今度は船頭共とは相手が違う、追いついた以上はこっちのものだが――追い過して海へでも追い出してしまってはならぬ」
というようなことが気懸りになると、白雲も実際、対岸の火事の如く、対岸の駈落者を興味半分だけで見ているわけにはゆかないことに胸をうちました。

         二十八

 田山白雲が船を出て行った夕べ、駒井甚三郎は、ひとり静かに船室に落着くと、「人が出て行った」という感傷に堪えられない。
 白雲が出て行ったのは戻るために出て行ったのである。七兵衛が帰って来ないのは帰りたくてたまらないのが帰れない事情に妨げられているということを、駒井はよく知っている。それだのに、人が去って行くという淋しい気持を、如何《いかん》ともすることができません。
 マドロスと兵部の娘に至っては論外であるけれども、それですら、離れて出て行ってしまった人間には相違ない。彼等の放縦と、我儘《わがまま》と、不謹慎とで背
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