に工夫した形が多いから、一定したものだと思うと大きに違う。例えば、富士川の急流には富士川の急流に向くように底までがちゃんと附木《つけぎ》ッパのように薄くしてある。利根川の舟でも、上流、中流、下流、皆それぞれ違う。今ここへ来て北上川の舟が、ひきがえるを踏みつけたようなペッタリした舟だと言って、それを笑うのは間違っている。草鞋にしてもそうだ、平地を歩くものは平地を歩くように、山路を歩くものはそのように、走って歩く商売の草鞋と、ずしりずしりと踏みしめて行く人の草鞋とは作り方が違う、形によって軽蔑してはならないのだ。
白雲は、そんなことまで思い出していたが、まだ船頭の影も形も見えない。不平がようやく沸き上ってくる。いくら東北人は鈍重であるからといって、これではたまらなくなるのも道理だと考えました。
いったい船頭は、どこに何をしているのだ。こっちの岸の舟小屋にだって一人や二人いなければならないではないか。いないとすれば向うの小屋に何をしている。
悠々たる白雲も、ついに少し癇癪玉《かんしゃくだま》が焦《じ》れてきて、向うの岸を見つめていたが、どうも遠目にはっきりと見えないのをもどかしく思いま
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