れているとは、自分ながら考えていないに違いない。
そこへ行くと与八さんは――あの人だけはいつも温かい。やさしい。人を疑うことと、物を怨《うら》むことを知らない人だ。あの人に負われながら、わたしたちとは反対に西の方へ行ってしまった郁太郎さん――ああ、またあの子の身の上を考えると、たまらない。
ああ、いけない、いけない、こんな思い過しをしてはいけない。さし当っての仕事は、あの七兵衛おじさんを助けることだ。何のためにこんな窮命を好んでしておいでなさるのか、それはわからないにしても、自分としてはこの当座の使命――当座の食糧を運ぶことだけは完全に為《な》し遂げなければならない。
お松はようやく瑞巌寺の中門に着きました。庫裡へは案内あることですから、とりあえず目的の臥竜梅へは行かずして、なにげないお使のように見せて、手前から庭を見渡すと、イヤな桶屋さんももう姿が見えません。あの桶屋さんが、お松の仕事を妨害するために、昼夜ぶっつづけで頑張っているのでない限り、日が暮れると共に仕事を仕舞い、仕事を仕舞うと共にあの場所を立去ることは当然なのだが、それでも、あの梅の木の下は、大桶小桶の幾つかが置きっ
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