ろうとしたら、待ってろ待ってろ、いいこと教えてやると、地蔵さんが引止めて、おれの膝さ上れ――と言いました」
「…………」
「地蔵さんから膝さ上れと言われて、婆は『とっても勿体《もったい》なくて、上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと申しました」
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とってもとっても
勿体なくて
上られえん
膝さ上れ
上られえん
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 茂太郎は、老女の昔話のうちの奥州訛《おうしゅうなまり》を面白く心得て、口真似《くちまね》に節をつけて唄い出しました。それに老女はあまり取合わず、
「すると地蔵さんは、いいから上れと言いますから、婆《ばば》は恐る恐る地蔵さんの膝さ上ったら、今度は地蔵さんが、手のひらへ上れと申しました。婆は『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
とっても
とっても
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 茂太郎がうたい出す、老女がかまわず昔話をつづける。
「そこで婆は恐る恐る、地蔵さんの手のひらへ上ると、地蔵さんが今度は、肩の上さのぼれと言いますから、婆は『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
とっても
とっても
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 茂太郎がまたはしゃぎ出すのを、老女が抑えて、
「そこで婆は恐る恐る、肩の上さ上ると、地蔵さんが、婆や婆や、頭の上さのぼれと言いますから、婆が『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
[#ここで字下げ終わり]
 今度は老女が茂太郎の合の手を押しかぶせて次を語りました。
「そこで婆は、とうとう地蔵さんの頭の上までのぼってしまうと、今度は地蔵さんが、梁《はり》の上さのぼれと言いました、婆は、とっても、とっても……」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
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 今度は茂太郎が、老女の話頭を奪って歌い出したのです。老女も負けない気になって、話を進行させて行きました。
「地蔵さんが、いいから上れと言われたので、婆は梁の上までのぼると、地蔵さんが、婆や婆――おれがいいこと教えてやる、いまに鬼どもが、ここさ博奕《ばくち》打ちに来《く》っから、そしたらおれが指図するから、鶏《とり》の啼《な》く真似《まね》をしろ、と言われました」
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ここさ博奕打ち
くっから
くっから
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 茂太郎が頓狂声を出すと、もう慣れきった老女は、かえってそれを合の手のようにして、
「まもなく鬼どもがドヤドヤとやって来て、地蔵さんの前で博奕をはじめた。地蔵さんが合図をしたので、婆は梁の上でコケッコーと鶏の啼く真似をした。そうすると、鬼共は、一番鶏が啼いたから急いでやれと言って、ウンと博奕をやった。地蔵さんがまた指図をしたので、婆は再びコケッコーと鶏の啼く真似をしたら鬼どもは、もう二番鶏だと言いました。地蔵さんが三べん目の指図に婆がコケッコーとやると、鬼どもは、それ三番鶏だから夜が明けたと言って、みんなあわてふためいて金をたくさん置いたまま逃げ出して行った。そしたら地蔵さんが、婆や婆、ここさ下りて来いと言われたので、婆は梁から下りて行くと、そこにある金もって来いと言いつけられた。婆が金を集めて持って行ったら、地蔵さんが、それを持って早く帰れと言われた。婆はその日から、うんと金持になりました」
「婆さんうまくやったね」
 茂太郎も席の興に乗出して来ました。話そのものの興味もあったでしょうが、老女が聞き馴《な》れない奥州語を調合しての話しぶりが、妙に気に入ったらしい。老女もまた、茂太郎が存外聞き上手なのに張合いが出て――
「そこへ隣の慾タカリ婆がやって来て、あんた、何してそんなに金持になったのっしゃと尋ねた。婆はありのまま、これこれこういうわけで金持になったと教えたら、慾タカリ婆は早速家さ帰って、豆を座敷に転がして、それを地蔵さんの前まで転がして行って、地蔵さん地蔵さん、豆さ転がって来《きい》えんかと尋ねたが、地蔵さんは何とも返事をしないのに、慾タカリ婆は勝手に地蔵さんの膝の上へのぼったり、手のひらへ上ったり、肩の上へのぼったり、頭の上へのぼったりして、とうとう梁の上までのぼった。そこへきのうのように鬼どもがぞろぞろと博奕打ちにやって来た。慾タカリ婆は、コケッコーと鶏の啼く真似を、地蔵さんが指図もしないのに三遍やって鬼どもの前へ下りて行ったら、鬼どもはウンと怒って、
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