合わせないわけにはゆきません。
思い合わせて見れば見るほど、あれと同じ人間の手になるのです。
そこで、また女中を呼んで、いったい、この絵図を置いて行ったお客様てのは、どんなお客様であったか――え、え、それは、これこれ斯様《かよう》な人でござりまして、毎日毎日のように出てお歩きになりました。なんでもお江戸から船のお着きになるのを待兼ねての御様子でございました。あ、そうか、そうして年頃は、うむ、なるほど……
それこそ七兵衛おやじに紛《まぎ》れもないと、白雲が直ちに覚りました。そうしてみると、あの道祖神の絵馬も、ますますあのおやじの仕業に違いない。なお、してみると、あの絵馬は、特に自分の筋道を慮《おもんぱか》って、そうして目印に、こちらの目につき易《やす》いようにとの親切でしたことだ。今ここで、わざわざ清澄村茂太郎の署名をした絵図を忘れて行ったのも、何かこれを我々のための合図の下心ではないか。なかなか細かいところに親切のある男だな。
ああ、そう言えば、なるほど――何のこった、迂濶千万《うかつせんばん》、今までのことにまぎれて、それを忘れていたが、あの名取川べの蛇籠作《じゃかごづく》りの時に、あの男が、房州に残し置ける拙者の財産を、危急の場合にかき集めて、石巻の宿まであずけ置いたということだったが、そうだ、何といったかな、その宿の名は――そうそう、田代の冠者《かんじゃ》で覚えている、田代屋というのだ、その石巻の田代屋というのへ、房州に残し置いた拙者の財産を持って来て預けて置いたと、名取川であの男が確かに言った――この宿が、その田代屋ではないか、そうだ、田代屋だ、この帳面にある。
急にその事を思いついた白雲は、番頭を呼んで、その由を申し入れてみると、番頭の言うには、確かにお預り申してあります――土蔵へ蔵いこんでございますから、只今、取り出してごらんに入れます。そうか――それはよかった。白雲はここで思いがけなく、房州で別れたわが子にめぐり会われるような喜びを感じました。
土蔵から、その財産を取り出して来てくれる間のこと、田山白雲は、地図を按《あん》じて、追手搦手《おうてからめて》の二つの戦略を考えはじめました。
追手というのは、七兵衛方面のことで、搦手というのは、ウスノロと兵部の娘の馳落方面のことをいう。この二つを、これからどう目当てをつけていいか、ここ石巻を策源
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