人畜に夥《おびただ》しい被害を与えないとも限らないのだ。
先生の危急は危急として、それに赴くためにはまず、この駄々ッ子から処分してかからねばならぬ。賢くも米友は、こうも感づいたのですが、そこは上手の手からも水が漏れるので、米友が道庵の声に驚いて立ち上った瞬間の隙《すき》を覘《ねら》って、右の駄々ッ子が素早く陸へ飛び上ったかと見ると、通りかかった子供が三人、火のつくように泣き叫びました。
「それ見たことか」
幸いにして、まだ子供を引裂いて食っているというわけではなく、子供の方へ向って馳け出しただけのところを、米友が後ろから行って引捉《ひっとら》えると、それを振切って、人間の子供と遊ぼうと駄々をこねる熊――そうはさせじと引き留むる米友。この際、熊を相手にくんずほぐれつの仕儀となりました。
「ちぇッ――仕様がねえ熊の餓鬼だなあ」
米友は歎息しながら熊を取って抑える。事実、米友なればこそです、子熊とはいえ、羈絆《きはん》を脱して自由を求むる本能性の溢れきったこの猛獣族を、この場合に取って抑えることのできたのは米友なればこそです。
こうして子熊を取って抑えて、むりやりに檻の中に押込む米友
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