離れたがるのであります。
「ちぇッ――手前《てめえ》という奴は、てんからムクとは育ちが違っていやがらあ」
 米友は思わずこの世話焼かせ者の、恩知らずの動物に、浩歎《こうたん》の叫びを発しました。
 事実、米友がこの子熊を愛するのは、熊そのものを愛するのではない、熊によって彼は自分の無二の愛友であったムク犬のことをしのべばこそ、どんな艱難辛苦《かんなんしんく》を加えようとも、この動物と行程を共にしようとの気持になったのであります。
 しかるに、形こそムク犬を髣髴《ほうふつ》するものがあれ、その心術に至っては、雪と墨と言おうか、月と泥と言おうか、ほとほと呆《あき》れ返るばかりであるのです。
 全く同じ四肢《よつあし》動物ではありながら、ムク犬と、この子熊とは育ちが違う、育ちだけではない、氏《うじ》が違うと言って、先天的に平民平等観の軌道を歩ませられている米友さえが、氏と育ちとの実際教育をしみじみと味わわせられ、子熊の度すべからざるを知るごとに、ムクの雄大なるを回想せずにはおられない。といって、米友は、ムクの雄大なるを回想することによって、この熊の不検束に呆れ歎きこそすれ、まだこれに愛想をつ
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