、この頃中、考えに考えぬいてこのことを言いに来たのだ、わしはお前のほかに頼もしい人を知らない、お前を後見として、この郁太郎さんという子に藤原家をそっくり嗣《つ》いでもらいたいものだ――わしが、これを言い出すからには、相当に深い決心をしている」
五
宇治山田の米友は、尾州清洲の山吹御殿の前の泉水堀の前へ車を据《す》えて、その堀の中でしきりに洗濯を試みているのであります。
その洗濯というのは余の物ではない、彼は、今、泉水堀の前に引据えた檻車《おりぐるま》の中から一頭の熊を引き出して、それの五体をしきりに洗ってやっているのであります。
この熊の来歴たるや事新しく説明するまでもない。とにかく、米友はこの熊を洗ってやることに、会心と、念力とを打込んでいる。
「もっと、おとなしくしてろ、そんなに動くもんじゃねえや」
米友が親切を尽すほどに、子熊がそれを受けていないことは相変らずで、食事から、尻の世話までも米友にさせて、今はこうして気の短い米友に、甘んじて三助の役目をさせながら、性《しょう》も感もないこの動物は、これを感謝せざるのみか、洗われることを嫌がって、米友の手を
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