たのか、或いは他を訪れたついでにここへ立寄ったのか。それにしてはともがついていないのみか、自身、包みをぶらさげて来ている。
「これははあ、旦那様」
与八は恐縮して、地殻つきから下りて来ました。郁太郎は、この来客にちょっと目をくれただけで、しきりに板の上へ焼筆をのたくらせている。
「与八、どうだ、お前ひとつ、お茶をいれてくれないか」
合羽を脱ぎ終った伊太夫は、自身携えて来た包みを取りおろして炉辺に置きながら、自分はもうその炉辺に坐りこんでしまいました。
「旦那様、まあ、お敷きなさいまし」
と言って、与八は有合せのゴザを取ってすすめます。
「今夜は雨も降るし、静かな晩だから、お前と一話ししようと思ってやって来たよ」
してみると伊太夫は、他家《よそ》への帰りにここへ立寄ったものではなく、雨の夜を、わざわざ合羽傘《かっぱからかさ》で、ここへ話しに来ることを目的として来たものに相違ありません。
何してもそれは与八として光栄でもあり、恐縮でもないはずはありません。
米搗《こめつ》きはそのままにして、与八は自在の鉄瓶を下へ卸し、火を焚きつけにかかりました。
伊太夫は、抱えて来た包みを解い
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