もに世間並みの子供より鈍いことは、与八も知らないではありませんが、それでも、もう四歳《よっつ》になった以上は、単に育てるだけではいけないということに気がつきました。
哺乳の世話だけは、もう卒業したようなものだから、それを教育の方に振向けなければならないと与八が感じて、夜なべに米を搗《つ》く傍ら、郁太郎を坐らせて、いろは[#「いろは」に傍点]を習わせることからはじめたのはこの時のことです。
与八は焼筆をこしらえて、郁太郎のために板切れへ「いろは」を書かせることを教えながら、自分は地殻《ちがら》を踏んで米を搗いている。燈明皿の燈心は、教師である与八と、教え子である郁太郎との間を照して余りある光を与えておりました。
今晩は雨が降り出している。与八と郁太郎の師弟が、例によってこの雨夜を教育に耽《ふけ》りはじめているところへ、フト外から訪れる客がありました。
「与八」
「はい」
与八は直ちに、訪れて来た客人が、藤原家の当主の伊太夫であるということを知りました。
伊太夫が蛇《じゃ》の目の傘を土間と戸の桟との間に立てかけ、合羽を脱ぎかけているのは、わざわざここを訪れるために雨具を用意して来
前へ
次へ
全440ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング