なりませんでした。
ああ、そうそう、そう言えば、この間の火事で、ここの奥様と、あととりの坊ちゃまが、焼け死んでしまわれたそうな。それに、一粒種のお嬢様というのが、一筋縄ではいかない方で、今、遠くの方へ旅をしておいでなさるとか。してみると、ここの御主人が寂《さび》しいとおっしゃるお心持も、ほぼお察し申すことができるようだ。
三
それから間もないこと、藤原家の番頭から別に話があって、与八はこの家の別扱いの雇人となりました。
臨時の人足として使われた男が、穀物庫の傍らの一室を給されて、この家の准家族のような待遇を与えられる身となりました。
与八としては、強《し》いてこれを辞退もしなかったが、そうかといって、永くこの家の奉公人となりきるつもりはありませんでした。
だが、こうなっていることは、自分はとにかく、郁太郎の教育のためによいことだと思わずにはおられません。
ともかく、今までの相部屋《あいべや》と違い、自分としての一家一室が与えられることになると、与八は沢井を離れてから、はじめて居心地が落着いたのです。
郁太郎、どうしたものかこの子の発育が、肉体、知能と
前へ
次へ
全440ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング