させました。
それと共に、お雪ちゃんの頭にひらめいたのは、常盤御前のお墓がこんなところにあろうとは知らなかった、お墓があるくらいなら、ここで亡くなられたに相違ないが、そんなことも今まで聞いていなかったのに――
わざわざこれへたずねてこられたあの貴婦人の方は、親戚の方ででもあるのか知らん。親戚といっても常盤御前のことは、もう七八百年の昔のこと――そんなに続いている子孫の方があろうとは思われない。
そんなことをお雪ちゃんが考えていると、また以前の入口の方から、人の足音が起ったので、よびさまされる。今度こそは弁信さん――
だが、今度も違いました。
「今日は、たれか一生懸命に笛を吹いてやがら、そうだ、十九女池《つつやがいけ》で、大蛇《おろち》が笛を吹いてるのやろ」
見ると、これは通常、社会に於て、馬鹿とか阿呆《あほう》とか言われる種類に属した人品であることが一目でわかりました。ボロボロな衣服を着て、縄の帯をしめ、頭髪はもじゃもじゃで、面《かお》は変に赤らんで、緊張の欠けたそれが、お雪ちゃんを見ると、締りなく笑って、
「え、へ、へ、へ」
その下品な表情に、お雪ちゃんは思わず身ぶるいせざるを得ませんでした。
「え、へ、へ、へ、美《い》い女が来ているな、お前さんは、常盤御前様じゃねえかね」
「いいえ」
お雪ちゃんは気味が悪くてたまらないから、それを避けようとすると、
「え、へ、へ、常盤御前様なら、わし、あやまるから、こっちへ寄んなさいまし」
と言って、いきなりお雪ちゃんの帯をつかまえたのには、お雪ちゃんも全く胆《きも》も冷さないわけにはゆきません、叫び声を立てようとして、やっと我慢しました。それは、こんな種類のやからに対しては、弱味を見せることがかえって害悪を促《うなが》すと気がついたから、わざと落着いて、
「お前さん、失礼をしてはいけません」
「そんなに怒《おこ》んない、おこんない――お前さん、常盤御前だい」
しつっこいこと、とらえたお雪ちゃんの帯を、どうしても放そうとしない。
「いけません、何をなさるのです」
「え、へ、へ、へ」
その下品な笑いは、馬鹿のうちでも、阿呆のうちでも、極めて可愛げの少ない、たちの悪い奴だと認めないわけにはゆかない。特に女と見ると、全く手癖のよくない馬鹿があるものです。
その時に、別に人があって、お雪ちゃんにはもう会釈《えしゃく》のある人だけれども、この馬鹿には、それは全く白日の天兵のような思いをさせた者があって、
「何を失礼なことをするのです」
手に持っていた秋草で、したたかに馬鹿の頬を打ったのは、常盤の墓を睨《にら》んでいた覆面の貴婦人でありました。
思いがけない、この貴婦人は気丈な貴婦人で、同性の者に加えられんとする暴力を見過してはいませんでした。
そこへ行くと、馬鹿は馬鹿だけのもので、この思いがけない援兵のために、相手の実力をたしかめるほどの頭も働かず、非常に周章狼狽して追われざるに逃げまどい――ついにお堂の縁の下深く身を隠してしまいました。
「どうも有難うございます」
「あれはね――堂守の馬鹿なのです」
「たちが悪いのですね」
「いいえ、別に悪いことはしないのですが、ただ、女が一人いると見ると、何かしらしないではおられない手癖があるだけだそうですから、そのつもりで、この界隈《かいわい》では用心をしているそうです」
「でも、そんな手癖のあるものを、それと知りながら、堂守として置くのは危険ではございますまいか」
「弱味を見せるといけないのです、叱り懲《こ》らしてしまえば、本来、足りない人間ですから、危険性は無いと聞きました。けれども、あの馬鹿者を、どうしてもここの堂守にして置かなければならない因縁があるのだそうです」
「左様でございますか」
お雪ちゃんは、この貴婦人(?)の親切にして、勇気もあり、兼ねて土地のことにもくわしいのが気になって、どういう種類のお方だろうかと、改めて伺い申す気になってみると、貴婦人はそれほど親切でもあり、分別もあるにかかわらず、お雪ちゃんの方へは、まともに向かず、見ようによっては、自分の面《かお》を見られることを憚《はばか》るための頭巾かとも見られてなりません。
とにかく――この僻陬《へきすう》、荒原の間に、こんな貴婦人が住んでいるはずはないのに、どういう種類のお方だろうと、お雪ちゃんは不審を重ねつつ相対していました。
八十
右の貴婦人は、わざわざ常盤御前の墓をとむらわんがために来たもののようですが、それでも、墓に向って香花《こうげ》を手向《たむ》けるでもなく、墓を墓として見届けた後も、急に立去ろうとはしないで――お雪ちゃんのために、こんな話を語り聞かせました――
「わたしも土地の人に聞いたのですから、真偽のほどは存じませんが
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