ん、すぐに帰って来て下さい」
「吉凶――いずれにしても、すぐに帰って参ります」
「では、弁信さん」
「お雪ちゃん、では、わたしが一足お先に……」
弁信が二足三足歩き出すと、何かしら急に心細くなったお雪ちゃんは駈けよって、
「ねえ、弁信さん、もしかして、あなたの話が遅くなるとか――一人では迎えに来られなくなった時はどうします」
「あ、その心配には及びません、もしや、予想外に手間がかかるようでしたら、かまいませんから、弁信の名を呼んで出ていらっしゃい」
「かまいませんか」
「かまいません――ですけれども、辛抱できるだけは辛抱して、わたしのおとずれをお待ち下さい」
七十九
かくて、お雪ちゃんは、弁信を一足先に関屋へやり、自分は小一町を小戻りして、とあるお堂のところまで引返して来ました。
そこへ来た時は、お堂には誰もいませんでしたけれども、誰か住んでいる気色《けしき》はたしかにあります。お雪ちゃんがお堂の前に彳《たたず》んでいることしばし、自分の入って来たと同じ方向から人の足音が聞えました。
最初は、弁信さんかと爪立てて見ましたが、一直線な入口ですから、そこから来る人が弁信でないことが一目でわかりました。
それは、手に秋草を持って、面《かお》は頭巾《ずきん》で覆うた、ちょっとこの辺には思いがけないところの、なかなか気品のある婦人の姿であります。
仮りに、これを貴婦人と言いましょう。右の貴婦人は、こんな淋しいところへ、一人のおとももつれないで、平気で入りこんで来ることも、お雪ちゃんの眼をひきました。
当然、あの入口を、こういうふうに進んで来れば、現にお雪ちゃんがいると同じ地点へ出なければなりません、同じ地点へ来れば、いやでもお雪ちゃんと面を合わせないわけにはゆかないのです。
果して、先方も、ここに見慣れない旅の娘が彳んでいることを思いがけないとして、頭巾の中から一時《いっとき》こっちを注視していたようでしたが、近づくに従って面をそらし、
「こんにちは――」
と言って、貴婦人相当の鷹揚《おうよう》さではあるが、初対面の人に礼を失わずに挨拶をしてから、それをつづけて、
「あの、常盤御前《ときわごぜん》のお堂はこちらでございますか」
「いいえ、あの……」
問いかけられて、お雪ちゃんが少し狼狽《ろうばい》しました。それは、不破の関屋のあとはどちらですかとでもたずねられたならば、お雪ちゃんとしても即答は骨が折れなかったでしょうけれど、全く予期に無かったところの常盤御前と浴《あび》せられて、言句につまったもののようです。でも、やっと、
「わたしは、旅の者でございますから、よく存じませんので……」
「あ、左様でございましたか」
と言って、右の頭巾《ずきん》の貴婦人は、お堂を左の方へ廻りこみ、
「おお、わかりました、常盤御前のお堂に相違ございません」
「左様でございますか」
お雪ちゃんも、ていねいに挨拶をしました。
「お堂はこれとしましても、お墓は……」
右の貴婦人は、これを常盤御前のお堂とたしかめてから、なお、堂の周囲をめぐり、中を少しのぞき込んだりして、まだ何物をか確証を捉もうとの風情《ふぜい》でいました。
お雪ちゃんも、そう聞いてみると、これが常盤御前のお堂であるという知識から、自分も頭巾の貴婦人と同じく、このお堂を見直してみたが、別段に構造や建築に変ったものがあるとも見られません。
お堂を一めぐりした頭巾の貴婦人は、また前の地点にもどって、お雪ちゃんとはかたみに一間ばかり間を置いたところで、立ってお堂を見直しましたが、その時、お堂の庭の右の隅に於て何物をか見つけ、
「ああ、お墓――がありました」
貴婦人は、予期の発見を遂げ得た喜びの如くに、その前庭の右下隅に向って歩みを進めたから、お雪ちゃんも注意して見ると、崩れかかった石の五輪塔に、文字の読みかねた二三本の卒都婆《そとば》が突き刺されているのを認めました。
お墓を見つけ出したことを喜んだけれども、右の貴婦人は、香を手向《たむ》けるでもなく、水をあげようでもなく、手に持っていた秋草をさえ、この墓に手向けんために折って来たのではないと見えて、ただ、しげしげと墓を見おろし、見まもっているばかりでありました。
それは、亡き人をとむらい慰めんがために来たのではなく、ただ、墓を見ることの興味のために来た人のようですから、何となしに、お雪ちゃんは、この貴婦人の墓というものに対する敬意のほどを疑うような気分になりました。
たとえ、無縁の人の墓所にしてからが、お墓をたずねて来る以上は、相当の弔意を表さねばならないはずなのに、この貴婦人は、物珍しげに、ただお墓をながめたなりに、一礼もせずに突立っている挙動が、お雪ちゃんの心をしてなんとなく、あきたらないものに
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