、常盤御前が京都から落ちられて来た時、この土地で、追剥のために殺されてしまったのだそうです。その時、無論、身につけていた多少の金銀、持物、衣類、すっかり奪われてしまったことは申すまでもありますまい。ところが、それを奪った盗賊というのがこの土地の者で――今も、子孫が代々残っているのだそうです。それが、常盤御前を殺した祟《たた》りで、代々その家へは一人ずつ馬鹿が生れて来る、その家では、その祟りを怖れて、このお堂を立て、その馬鹿に代々堂守をさせて来ているのだとか言いました。今のあれも、その馬鹿のうちの一人なのです」
なるほど、そういう言い伝えも土地にはあるのかと、お雪ちゃんが、その点は一応よく解釈ができましたけれど、常盤御前ともあろう美人が、こんなところへ落ちのびて、土賊ばらのためにあえなき最期《さいご》を遂げたという物語は、はじめて聞くところで、多少の感慨を深くしないわけにはゆきませんでした。
「かわいそうでございますねえ、常盤御前というお方は、後には源氏が栄えましたから、立派に、幸福に一生をお送りになったこととばかり思っておりました」
お雪ちゃんが、しとやかにこう答えた応対ぶりが、いちいち貴婦人の気に入ったもののように見受けられます。
「そうでございます、誰も普通、そのように思います――わたしは……」
と言って貴婦人は、常盤御前に対する一家言を、次の如くお雪ちゃんに向って語り出しました。
「御存じの通り、常盤御前は義朝《よしとも》の愛人で、義経の母でございます、それが、わが子を救わんがためとは言いながら、敵将の清盛に身を許してしまいました、あなたはそれを、どうお考えになりますか」
貴婦人が、お雪ちゃんの意見を徴するような語りぶりは、通り一遍のものとは思われません。つまり、ここの僅かの交際で、貴婦人はお雪ちゃんを、相当話せる対手《あいて》と認めたればこそに相違ない。
「そうでございます、その点は、わたしたちも、よくわかりませんでした、常盤御前は貞女だということになっていますが、あれが本当の貞女でしょうか――と考えさせられたものでございます」
お雪ちゃんが、こう言って、貴婦人の問いに答えますと、
「では、悪女ですか」
貴婦人は、きっぱりした調子で、第二の問いをお雪ちゃんに向って、あびせかけたようなものです。
「悪女――貞女はどうですか存じませんが、悪女とは思われません、悪人ではございません」
「自分の愛人を虐殺した大将にこの身を許すことが、悪女でなくてできましょうか。許すまでは、やむを得ず許してしまったが、許した後は、きっと痛快の思いをしたに違いありません。昔の思われ人に、今の思われ人からわたしはこんなにまで愛されています、あなた、どのくらい残念に思召《おぼしめ》しますか、ちょっと、こちらを見てやって下さい――といったような感じが動きはしなかったでしょうか」
「さあ」
この意外なる立入った質問に、三たびお雪ちゃんは、この貴婦人の面《かお》を見直そうとしないわけにはゆきませんでした。けれども、質問のまっこうなのにかかわらず、この貴婦人は、お雪ちゃんを見ることをまともにしないで、いつも横を向いたままで、あしらっていることが不足です。
「清盛に愛せられてからの常盤御前の面には、かえって義朝に向って復讐を遂げたような、心地よいほほえみが浮ぶようなことはなかったでしょうか。常盤御前を征服した清盛は、敵将の墓をあばいて、その遺骸に侮辱を加えると同様な快感を貪《むさぼ》っていたに相違ないと、わたしは思います。そうして常盤御前は、その快感に油をさしました。憎い者に復讐しているのではない、愛せられた人に復讐を遂げた常盤御前という人は、立派な悪女ではありませんか」
お雪ちゃんは全く、この見ず知らずの貴婦人から、初対面早々、浴せかけられた論鋒に敵し難いことを感じました。こういう際には、なまなか自分の意見がましいことを言い出して問いつめられるよりは、教えを乞うの態度に出でた方が、賢いとも感じないではありません。しかし、それも、この貴婦人は、単に自分よりも物識《ものし》りであるという意味で問いつ語りつしているのではない、何かこの問題に向って、圧倒的に、自己の断定を押しつけてしまわねば満足できない、そこで居合わせたお雪ちゃんを、その圧服の助手に使おうとして、自説に保証を要求するような圧力ですから、教えを乞うにしても、率直にはどうもならないことにお雪ちゃんが、ほとほと窒息の思いをさせられるばかりで、
「わたしたちは、歴史のことなんぞを、あまり深く存じませんものですから……」
「誰だって、あの時代のことは、そう深くは知っているものではありません、ただ、清盛の寵《ちょう》が衰えた後の常盤御前が、大蔵卿長成というお公卿《くげ》さんに縁づいたということだけ
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