、ついにムラムラとしてきた矢先へ、お絹が変なものを突きつけました。
「これは、西洋のお酒です、まあ一口、召上ってごろうじろ」
ギヤマンの瓶に入れた幾本の酒、まずその平べったい一本を取って、主膳の前にお絹が置き並べたので、酒と聞いて、和漢洋のいずれを問わず、主膳の気がやわらぎました。
「なに、これが毛唐《けとう》の酒?」
「まあ、ものはためしだから、召上ってごろうじませ、おいやでしたら、吐き出しておしまいなさい――でも、じっと辛抱して、咽喉《のど》を通しておしまいになると、また乙だなんておっしゃるかも知れません、ものはためし、食べず嫌いなんていうのがいちばんやぼでございますからね」
とお絹は、ギヤマンの栓を外《はず》せばコップになっている仕かけのを抜いて、主膳の前に置き、一杯を注いでやりました。
異人及び異人館の讃美と講釈には、ムカツクほど、うんざりせざるを得なかったが、酒といって眼前に出されてみれば、主膳としてまた心が変る。
やがて主膳は、それをけなし、けなししながら飲みにかかりました。
それ、酒の趣は燗《かん》にある、燗をしない酒に何の味がある、この色はどうだ、第一このギヤマンなんていうやつが杯酒の趣に添わないやつだ――酒中の趣というものは、一陶の酒といって、すっきりした陶土の器でなければ……なんぞと小言を言いながら、それでも、チビリチビリと飲むには飲むのです。それを傍らからお絹が取りなしたり、弁護をしたりしてすすめている。その様子を見ると、お絹という女は、洋酒は酔わないもの、人を酔わすのは日本酒に限るものだとばかり考えているもののようです。そうでなければ、最初から、この男の持った病を頭に置いてかからなければならないのに、今日は、あれもこれもとお強《し》い申している。
見る間に一本は空になって、また次なる一本を、
「これはまた変っておりましょう、この方が少々甘口かも知れませんが……」
やっぱりそうだ、ためしに飲む酒と、飲ます酒は、人を酔わさないものと心得ているに相違ない。そうでなければ、洋酒というものは、本来、人を酔わすものでないという先入主でかかっているのでしょう。
お絹自身は飲まないから、その強弱のほどはわからないのです――あれも、これもとすすめるうちに、ついに主膳をしてろれつ[#「ろれつ」に傍点]の廻らないものにしてしまいました。
そこに至ってお絹が、はっ[#「はっ」に傍点]としました。おやおや、西洋の酒も人を酔っぱらいにしますねえ――してみると、これは度が過ぎましたねえ。
お絹は、はっと狼狽《うろた》えて、思わずギヤマンを取隠すような気になって、手を延ばした途端に、主膳の面《かお》を見ると、その三眼の貪婪《どんらん》にはじめてギョッとしました。
「お絹、もっと飲ませろ」
「ああ、もう、このくらいになさいまし、ねえ、あなた」
「いいんや、もっと飲ませろ、飲めば酔い、酔えばまた飲みたくなる、酒の持つ執念というものは、毛唐も日本も同じものじゃて、ハハハハハ」
高らかに笑った主膳の声が、屋敷いっぱいに物凄《ものすご》く響くのを聞きました。
「もうおやめあそばせ、馴《な》れないものを、たんと召上ると毒でございます」
「ハ、ハ、ハ、お前がすすめておいて、いやがるおれに飲ませながら、今更そんな野暮《やぼ》を言うない」
主膳はのしかかって、お絹の手からギヤマンを奪ってしまいました。
「ほんとに、いけませんねえ」
お絹はその時、西洋の酒を憎みました。西洋の酒でなければ、ここまで主膳を酔わせるようなことをしなかったのに、今はもう是非がありません――まず、とりあえずの仕事は、主膳の身辺にあって、病気が発した時に兇器となるべき物を押隠してしまうことでなければなりません。
幸いにして、この長押《なげし》には主膳の得意な槍がありません。両刀がこの酒席よりやや遠いところにありました。
お絹はなにげなく、その刀を取って、自分の後ろの方にかいやりました。
「ハ、ハ、ハ、ハ」
主膳はそれを気取《けど》るや気取らずや、高らかに笑い上げた面をお絹の真正面に向けて、
「お絹さん、お前、ラシャメンというものを知ってるか……ラシャメンという淫獣を知ってるか、毛唐のやつは、ラシャメンを買って人間扱いにはしないそうだ、そうだろう、毛唐本来が人間の部ではないのだ、だから、人獣相楽しむというなまやさしいのではない、獣々相楽しむということになるのだ、ははははは、お絹、そちはラシャメンを知っているか――おれも放蕩はしたが、まだラシャメンを買って楽しんだためしがない、お絹、何とかしてくれ!」
七十四
昨晩、ああいう珍劇を演じたにもかかわらず、今朝は至って閑静なもので、神尾主膳はおひる近い時分になって起き出でて、朝餉《あさげ
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