ら、
「お次は一つ、目新しい酒屋ぞめきというのを、いかあさま、御安直に……さあ、御安直にお遊び下さい」
 なるほど、御安直を看板の芸術――御当人、この臭い、アク抜けのしない芸当を、大江戸の真中で押し流して歩いて臆面のしないところ、たしかに出が阪者の下等な奴だ。
「さあ、御安直に、いかあさま、新古おしなべての五もく節、御安直に、いかあさま――」
 それでも、このアクドイ臭い芸術が、右からも、左からも、口のかかるところが不思議。
 江戸前の芸当てやつも、こうして阪者の鼻持ちのならぬ臭い奴に、日に日に侵入されて行くのか、近頃の江戸ッ児も舌ったるくなったものだ、誰かあんなのブチのめす奴はねえのか。
「では、ひとつ、物真似《ものまね》てやつを、御安直にお聞きに達します」
 そこでまた三味線がペンチャンと鳴り出して、豚の吼《ほ》えるような声、それを聞いていると、当時江戸で有名な芸人の芸風を物真似でしゃべり出している。それを上方弁のアクの抜けないのが、いっぱしアクを抜いた気取りで臆面なくやってのけるものだから、歯が浮いて、聞いてはいられない。
 でも、やっぱり感心に、右からも、左からも、声がかかる――
「御安直は芸が冴《さ》えている!」
 何が冴えている! 江戸ッ児も、もう駄目だ。
 馬道で百姓を見せられ、池の端で御安直を聞かせられた主膳は、癪《しゃく》に障《さわ》って山下を歩きながら考えました。
 取るに足らぬ安直な芸術とはいえ、あの泥臭い上方芸が、江戸前をのさばるということがすでに天下大乱の兆《きざし》だ――
「御安直なるいずれも様へ……」
 そのキンキンした溝臭《どぶくさ》いちょんがれ声が耳について、プンプンしながら根岸の宅へ戻って来ると、今晩は珍しくお絹が待っていて、しかも上機嫌でチヤホヤしたのは、主膳を歓迎して御機嫌をとる意味ではなく、何か自分の方に嬉しいことがあって、それでそわそわしているものとは見て取れる。
「あなた、今日は、あなたのお留守中に、珍しい人が見えましたよ、全く珍しい人、どうしてここがわかりましたか知ら」
「誰だ」
「相馬の金さん」
 相馬の金さんと聞いて、主膳がさすがに眉《まゆ》をひそめざるを得ませんでした。

 相馬の金さんと聞いて、主膳ほどのものが思わずうんざりしたのは、わけがありそうです。
 それはこうです。相馬の金さんといえば、誰も知っているほど通っていたが、本来は相馬姓ではなく、自ら相馬の子孫と称してはいたが、実は戸村なにがしという、お屋敷添番をつとめた旗本の一人ではありました。
 この男が、主膳も眉をひそめるまでの無頼漢であったというのは、麻布の長者丸あたりにあった屋敷の、門の扉などは疾《と》うになくなっていて、荒縄を一本、横に張って、扉の申しわけにしていたというくらいですから、その荒廃の程度がわかる。
 幾多の無頼漢を集めていて、自分がその親分気取りでいる。同じ無頼程度で言っても、神尾あたりは、それと比較すれば身分も上だが、品位も上になっている。
 この相馬の金さんは、金に困ると、青山辺の質屋へ、よく蛇を刀箱に入れて持って行ったものだが、その言い草には、これは先祖伝来秘蔵の名刀だが、他人が見れば蛇に見える!
 ことに尾籠下品《びろうげひん》なのは、ある時、七人の手下と共に、ある商家を強請《ゆすり》に行った時、金を貸さなければ店前《みせさき》を汚すよといって、七人が七人、店前で尻をまくった。この時の尻をまくるというのは、ただ着物の裾をひけらかすだけではない、本物の臀肉を裸出させて、そうして、それでも七人の手下は、それ以上にはやらなかったけれども、金さんだけは正銘に、こてこてとやらかしてしまったという――その悪辣下品《あくらつげひん》さには、主膳ほどのものも面《おもて》をそむけないわけにはゆかない。
 それが今ごろになって、何しに来たのだろう。お絹の言うところによると、馬道の本屋でお見かけ申したから、所見当をきいてやって来たに過ぎないという。別段に、こだわりも無いようだ。
 相馬の金さんのことは、それだけになって、次にお絹がいい気になって喋《しゃべ》り出したのが異人館の話でしたから、たまりませんでした。
 主膳は苦りきって、文句を言うのさえ癪でいるのをいいことにして、異人館の設備の隅から隅まで行届いていることと、それからぜひ一度あなたもそれをごらん下さらなければならないこと、そうして、異人さんなるものが決してそう毛嫌いをすべきものでなく、広く世間を見ているから、胸が広くて話が面白いこと、結局、本当の通人は異人さんの方にある! 一度、つき合ってごらんなさい! 事実、主膳という男は、しらふの時にお絹の手にかかった日には、存外たあいのないことが多いが、それも程度である、今日はいろいろ不愉快がこみ上げているから
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