いて、
「金茶、尤《もっと》もなこっちゃぞい――宮本武蔵は強くないさかい。第一、ありゃ利口者やて、名ある人とは試合を避けたんやな」
 隣席へあてつけがましく、安直が、宮本武蔵が評判ほど強からざる所以《ゆえん》を述べ立てると、金十郎が相和して、
「そうじゃ、そうじゃ、宮本武蔵なんぞは、甘え、甘え、うな、武蔵なんぞは甘え」
「うな――甘え、甘え、宮本武蔵」
 安直と金茶とが、こう言って力《りき》み出したので、隣席の人もあっけにとられているところへ、さいぜんの、のろま[#「のろま」に傍点]清次が大声あげて乗込んで来ました。
 大評判!
 大成功!
 大売行き!
 たった四文!
 前代未聞!
 江戸の大御所!
 関ヶ原慶長の大合戦!
 西軍大敗!
 暴風の如き売行き、引張り凧《だこ》!
 金茶、安直の一行が、その呼売りを買わせて、一見するや、あっと地団駄を踏み、悲憤の色に燃えました。
 それは覚えのあることです。
 過日、枇杷島橋《びわじまばし》の勝負は、かんじんのところで肥後の熊本五十七万石、細川侯の行列らしい道中で、うやむやにされてしまったが、まあ、あれだけに、こっちの威力を示して置けば多少おそれをなし、道庵の奴、もう上方筋では手も足も出そうとはすまい、この上は、彼が大阪へ到着した際に於て、みっちり思い知らせて、取って抑えて、グウの音も出ないようにしてしまうことだ、こっちは凱歌を奏して先着のことと、タカを括《くく》り、道庵主従をあとにしてこうして草津まで先着して、いい気持で餅を食べているところへ、のろま[#「のろま」に傍点]清次のこの呼売りを見て安直が、らっきょう頭をピリリとさせ、金茶金十郎が紺緞子《こんどんす》の衿《えり》の胸元を取って思わず床几《しょうぎ》から立ち上ったのはさもあるべきことです。
「いよいよ以て、奇怪千万なる藪医者じゃ! どだい我々を何と心得おる!」
 金茶が力むと、安直が、なべーん[#「なべーん」に傍点]とした面《かお》を振り立て、
「わてら、阪者《さかもん》のちゃきちゃきじゃがな、江戸の大御所たら、しゃらくそう[#「しゃらくそう」に傍点]て、どもならん」
 金茶ひるまず、
「大御所呼ばわり奇怪千万、プル、プルプル」
 安直抜からず、
「大御所たら、足利三代将軍はんのほかに、禁裏はんから御沙汰のない名じゃがな、どだい、家康はんが、江戸の大御所たら名乗りなはるからして理に合わん、十八文の藪医者はん、来やはって、大御所呼ばわり、片腹痛うおまっしゃろ、ちゃ」
「片腹痛え、痛え、うな、片腹痛え」
「わて、どだい、生れは阪もんやがな、江戸の田んぼで修行しやはった押しも押されもせん折助仲間の兄《にい》はんやがな、碁将棋だかて田舎《いなか》初段がとこ指しまんがな、デモ倉はん、プロ亀はんたちと、よう腹を合わせて、江戸の大衆、みんなわてが縄張りやがな、わてが無うては新版屋はん、飯が食えへんさかい、今時、阪もんの天下やがな、そのわてが本陣へ、江戸の大御所たらいうて乗込む、十八文はん、どないな目に逢わせたら、この腹が癒《い》えまっしゃろ、金茶抜からず、頼んまがな、ちゃ」
「いで、この上は――」
 金茶金十郎が、六法を踏むような形をして、手ぐすねを引きました。
「あの憎たらしい十八文のお医者はん、阪者《さかもん》はみみっちい、みみっちいと言やはるけどなあ、太閤はんかて阪者じゃがな、徳川はん、江戸で政治なはりやったからて、経済では大阪が天下じゃがな、蔵屋敷の立入りたら諸侯はん、みな大阪商人に頭があがりまへんがな、そやかて、大塩平八郎はんも阪者やがな、あないな気骨ある役人、今のお江戸におまへんがな、中井竹山先生たら、履軒《りけん》先生たら、緒方洪庵先生たら、みな阪もんやがな、そないに御安直ばっかありゃへん、ちゃ」
 安直が早口にべちゃべちゃと、こんなことを言い出したものですから、姥ヶ餅に居合わせた客人が、おぞけをふるって総立ちになりました。
 関ヶ原へも途轍《とてつ》もない茶人が現われたそうだが、ここにも絶大なる豪傑がいる。
 一人の方は、太閤はんはじめ蔵屋敷を親類に持っている。まった、もう一人は、宮本武蔵も荒木又右衛門も寄りつけないことになっている。
 これはたまらないと怖れをなしました。

         六十九

 さりながら、自分の売りつけた瓦版によって安直、金茶の一行の悲憤慷慨を招いたからといって、のろま[#「のろま」に傍点]清次に少しの責任があるわけではありません。
 そんなことに頓着のない清次は、名物の餅を味わう暇も惜しんで、またそれから先の呼売りを急ぎました。
 しかし、さすがに際物《きわもの》のことで、草津を過ぎると、パッタリ瓦版の売行きが減じました。けれども清次自身、それは無理のないことだと諦《あきら》め、草津に至
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