《まんじゅう》の掠奪は
パンの搾取ということには
なりませんか

いい着物を着たり
旨い物を食べたりするために
みんなが気を揃えて
働くのはいいことだが
旨い物を食べるために
盗んだり
誘惑したりするのは
それはよくないと
あたいは考えます

お嬢さんと
マドロス君とが
この船の中での
賊でないと誰が言います

ドンチャ
ドチ、ドチ
ドンチンカンノ
チマガロクスン
キクライ、キクライ
キウス

チーカ、ロンドン
パツカ、ロンドン
[#ここで字下げ終わり]

 足踏み面白く、上甲板でダンスをはじめ出したのがよくわかります。

         三十八

 一方、飛騨の高山から朝まだきに出発した二人連れの労働者がある。そのうちの一人はお馴染《なじみ》の紙屑買いの、のろま[#「のろま」に傍点]の清次であり、他の一人はがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵であります。
 ただ、お馴染の紙屑買いののろま[#「のろま」に傍点]の清次は相変らずだが、一方がんりき[#「がんりき」に傍点]の百の方は、今日はすっかり変装を試みて、山奥からポット出の木地師に風《なり》を変えて、そうして天秤棒を一本だけ、お鉄砲かついだ兵隊さんのように、肩にのせてすまし込んで歩いている。
 百は、百として、例の音羽屋まがいの気取った風で、当節の日を歩けないことをよく知っているだけに、そこは抜け目のない変装ぶりに、かてて加えて、のろま[#「のろま」に傍点]の清次という、この辺ではかなり売れている面《かお》なじみの相方を連れているから、こうしてすまして道中もできる趣向となっているようです。
 この道は、先夜――机竜之助と淫婦お蘭が、美濃の金山へ下りた道と同じことであります。そこを、百と清次は悠々として通過しながら会話をしました。
 百の方は用心して、なるべく関東弁を出さないようにしているので、清次はいいことにして、山言葉、里言葉を、ちゃんぽんにして、しきりにはしゃいでいるのです。
 清次はこう言いました、
 ――わしも、いつまでもこの飛騨の山の中に暮す気はござんせん、京大阪の本場へ出て一旗あげるつもりでございやす。
 やっぱり向うへ行っても、当座は紙屑買いをするよりほかは心当りがござんせん。
 だが、紙屑にもよりけりで、高山の紙屑なんぞは、高いと言ったところでせいぜいお代官の年貢帳ぐらいなもんですが、京大阪となれば、同じ紙屑にしても、紙屑のたちが違いますから、儲《もう》けもたっぷりあるというわけなんでござんしょう。
 お公家《くげ》さん、学者、大商人《おおあきんど》といったところの紙屑を捨値で買い込んで、これを拾いわけてうまく売り出しやしょう。
 ところで、商売は、すべてひろめが肝腎ですからな、つまり宣伝てやつを大袈裟《おおげさ》にやらないと、今時の商売は成り立ちませんな。
 そこで、捨値で買い受けた紙屑を、これは大納言様の直筆《じきひつ》で候の、このほうは大御所様で候の、これはまた少し御安値《おやすね》ではございますが、当時大阪第一の学者――といったように、広告、ひろめ、つまり宣伝てやつでおどかして、ウンと高く売りやしょう。
 紙屑を紙屑として売った日には、それこそ二束三文にも足りませんが、これを大納言だの、大御所様の御直筆だのと言って売り立てれば、大金になりやしょう。
 それを土台に、次から次へと大儲けを致そうと存じますが、いかがなもので……
 こういうたわごとを、がんりき[#「がんりき」に傍点]が黙って聴いていてやると、この紙屑屋、なかなか抜け目のない奴だと見直さないわけにはゆきません。
 土地では渾名《あだな》をのろま[#「のろま」に傍点]の清次、のろま[#「のろま」に傍点]の清次と言い、当人もそれで納まっているらしいが、どうしてどうして、のろま[#「のろま」に傍点]どころではない、ああして深夜、焼跡せせりをやろうという冒険心から見ても、こいつ、上べはのろまに見せて、儲《もう》けることにかけては油断もすきも無い奴だ。
 こんなのに、京大阪へ出て紙屑を売り崩されては、紙屑の相場が狂うに違いない――なんぞと、がんりき[#「がんりき」に傍点]が考えました。
 だが、なんにしても、今まで単純なるのろま[#「のろま」に傍点]の紙屑買いだとばかりタカをくくっていた奴が、ひとり喋《しゃべ》らせて置くと、講談師以上の雄弁家であることに、がんりき[#「がんりき」に傍点]もほとほと面負けがしないではありません。
 この紙屑買い、のろま[#「のろま」に傍点]の清次の哲学は、何でも仕事をしようとすれば、一も二もおひろめである、広告である、宣伝である。いくらいい物であっても、吹聴しなければ人が知らない、人が知らなければ商売にならない、それは本当にエライ人は黙っていても名を隠すことはできない
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