に、二人とも、おかしい気持ですね、まさか夢じゃないでしょうね。夢であろうはずはありませんが、二人ともに、逢えると思う人に逢っていながら、逢えないでいるのですね」
「そうです、わたくしは、もう一つ本当のお雪ちゃんを探すために、前途を急がねばならぬような気持に迫られているのです」
「どうも、おかしいですね。そうして、どこへ行ったら本当のわたしが見出せると思いますの」
「その見当はつきませんが、わたくしのこの足は、南の方へ、南の方へとこの飛騨の国を走れと教えているようです。飛騨を南へ走れば、美濃の国ですね――美濃の関ヶ原へ向けて、何はともあれ、急いでみたいという気分に駆《か》られておるのです」
「美濃の国の関ヶ原――」
「ええ」
「関ヶ原といえば、古戦場じゃありませんか」
「そうです――その美濃の国、関ヶ原という名が、今のわたくしの頭の中にピンと来ているのは、そこへ行けばなにものかの捉《つか》まえどころがあるという暗示――ではないかと、私の経験が教えますから」
「それだけなのですか、その関ヶ原とやらに、あなたの知っているお寺だとか、昔のお友達だとかいうようなものがあるのですか」
「そんなものは一向、心当りはございません、ただわたくしのこの頭が、関ヶ原、関ヶ原と何か知らず私語《ささや》いて、見えない指さしが行先を指図してくれているんですね」
「なら、弁信さん、わたしもその関ヶ原へ行くわ」
「え」
「わたしも、その関ヶ原へ連れて行って下さい」
「でも、あなたは、わたくしのように身軽には歩けません」
「歩きます――このままでもかまいません、弁信さんと一緒ならば」
「困りました」
「何を困ることがありますか。では弁信さんは、わたしを振捨てる気でそんなことを言うのでしょう」
「そうではないのです、そうではないけれど、このままあなたを連れ出すということが、すんなり行くかどうかを考えさせられずにはおられません」
「ようござんす、弁信さんがわたしを連れて関ヶ原へ行かなければ、わたしはわたしでひとりで行きますから」
「では、やむを得ません、あなたと一緒に関ヶ原へ参りましょう」
「ああ嬉しい」
「わたくしはここに待っておりますから、おうちへ帰ってお仕度をしていらっしゃい」
「それはいけません、弁信さん」
「どうしてですか」
「わたしがあそこへ帰れば、わたしはきっと引きとめられてしまいます、決
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