立往生をしてしまった弁慶でさえ怖くてちかよれないのだから、恐れ入ったとは言いながら、生きて手足も動かせるようになっているこの男の傍へ、誰も暫くの間は近づけなかったのも無理はないが、やがて圧倒的に抑えてみると、この兇賊は、ほんとうにたあいなく縄にかかってしまいました。
 この場合、たあいなく縄にかかったということが、見ている人の総てをまた圧倒的にしてしまいました。
 こうして兇賊が引き立てられ、場面が整理され、群集が堵《と》に着いた時分、例の高燈籠《たかどうろう》の下で小さな尼を介抱しているところのお銀様を見ました。
 そうしている時に、ハッハッと息を切った声で、
「お嬢様じゃございませんか、いやはや、お探し申しましたぜ、表通りはあの騒ぎでござんしょう、裏へ来て見るとまた捕物騒ぎ、気が気じゃございません」
 ハッハッと息をついて、しきりに腰をかがめているのは、お角がおともにつれて来た庄公です。

         十四

 道庵先生も、人間は引揚げ時が肝腎だ、ぐらいのことはよく知っておりました。
 名古屋に於ける自分というものは、時間に於ても、行動に於ても、もう、かなりの分量になってい
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