ることを知り、待遇に於ても、名声に於ても、むしろ過ぎたりとも及ばざるのおそれなきことをたんのう[#「たんのう」に傍点]したから、もうこの辺で名残《なご》りを惜しむ方が、明哲《めいてつ》気を保つ所以《ゆえん》だと気がつかなくてはならないはずです。
そこで、米友に向っても出立の宣告をしておいて、今日明日ということになって、計らずも一大事件が突発して、道庵をして引くに引かれぬ羽目に置き、更に若干、出発のことを延期させねばならないことに立至りました。
というのは、医学館の書生で津田というのが、このごろ、飛行機の発明に凝《こ》り出して、もうほとんど九分八厘まで仕上げたから、この際ぜひひとつその完成を道庵先生に見届けてもらい、且つその試験飛行の際には同乗が叶《かな》わなければ、せめて式場へ参列なりとしていただきたいという、切なる希望を申し出でたからであります。
この津田生は、どうしたものか、医学館の講演以来、ほとんど崇拝的に道庵先生に傾倒して来たものですから、道庵も可愛ゆくなり、ことにその熱心な科学的研究心に対して、どうしても、道庵先生の気象として、その希望を刎《は》ねつけるわけにはゆかなか
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