の納め時でございます、お手向いは致しませぬ、神妙にお縄を頂戴いたします」
 早くも笠の台を引っぱずして、後ろに投げ捨てると共に、バッタリと大地にかしこまって、丁寧に両手をついて頭を下げたものです。
 この光景が、すべての緊張しきった空気を一時に抜いてしまいました。前面に向った捕方のうち、卒倒したものがあります――観衆は暫くしてみんな一時に声をあげ、なかには声を放って泣く者さえありました。
 けれども捕方は、まだ軽々しく近づくことをしませんでした。子鉄ほどの者だから、息の根を止めてかかっても油断はならない――
 大地へ両手を突いて、頭を下げた子鉄は、その時に懐中へ手を入れて取り出して、二三間ばかり向うへ投げ出したのが一口《ひとふり》の短刀です。
「因果は争われないものでございます、尼にされた我が子の囮《おとり》で、子鉄がお縄を受けることになったのが運の尽きでございます、今まで子鉄のした悪事という悪事のうち、仏に仕《つか》える尼さんをいじめた、それがいちばん悪うござんした――仏罰でござんす、全く恐れ入りました」
 そうして両手を突いた中へ瘢面《はんめん》をつき込んで、下を向いたきりです。

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