たら、おっしゃって下さい、わたしも一生懸命見ていますから」
お銀様は、小さな尼の頼みと、その口から父の人相の説明を聞いて、なんとなく刺されるようなものを感ぜずにはおられませんでした。
ことに、顔面に大きな創を持った小柄の色の黒い男――小柄の色の黒い男だけではたずね人の目安にならないが、額から頬にかけて大きな創を持ったという男は、そうザラにあるものではない、それは見違えようとしても見違えられない特徴。
人に顔を見られることを厭《いと》うお銀様は、同時に人の顔を見ることをも嫌いましたけれど、この偶然の場合では、頼みを聞いてやるやらないに拘らず、ここに立っている以上は、人の顔を注視してあらためなければならぬ役目を遁《のが》れられないもののようになる。
船は確実に到着して、甲板の拍子木、やがておもちゃ箱をひっくり返したような人出、波止場を上る東海道中諸国往来風俗図絵――
薬籠《やくろう》を一僕に荷わせたお医者。
二枚肩の長持。
両がけの油箪《ゆたん》。
箱屋を連れた芸妓が築地の楼へ褄《つま》を取って行く。
御膳籠《ごぜんかご》につき当りそうな按摩さん。
一文字笠に二本差した
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