ここをとぶらい来るべき段取りであったかも知れません。
 来て見れば、名所絵の示す通りの七里の渡し、寝覚の里――
 神戸《ごうど》の通りを真直ぐに左に海中へ突出した東御殿、右は奉行屋敷へ続く西御殿、石をもって掘割のように築き成した波止場伝い、その間にもや[#「もや」に傍点]っている異種異様の船々、往来《ゆきき》の荷船、物売り船――本船は遠く帆をあげてこちらへ着こうとしている、海岸波止場一帯の賑《にぎ》わい、ことに何物よりも、七里の浜そのものを表示するあの大鳥居と高燈籠。
 この大鳥居は、熱田神宮へ海からする一の鳥居であるか、或いはまた特に海を祭る神への供えか、それはお銀様にもちょっとわからないが、あの高燈籠こそは、寛永の昔|成瀬隼人正《なるせはやとのしょう》が父の遺命によって建立の永代「浜の常夜燈」。滄海《そうかい》のあなたに出船入船のすべてにとって、闇夜の指針となるべき功徳《くどく》。
 この大鳥居と、あの高燈籠、海岸線を引いてこの二つを描きさえすれば、誰が見ても七里の渡船場――寝覚の里になってしまう。
 お銀様は故人の軒下にでもたたずむような、何かしら懐かしい心でその高燈籠の下に立っ
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