様に対しては一目も二目も置いてかからなければ、どうにも太刀打《たちう》ちのできない相手だということをよく心得きっているから、そこはなかなか食えないもので、癇癪を起して先発する途端に、庄公という若い衆に堪忍役を申し含めて、お銀様の行方《ゆくえ》を追わせているから、どう間違っても、この迷子はつれ戻し先のわかっている迷子です――そうしてかくあるうちに、不幸にしてそのたずぬる物語のある頼朝公の尼寺というのを探し当てる以前に、例の宮前の黒船騒ぎの波動が、お銀様をして前方へ進むことを阻《はば》みましたから、そこは気随のままに反対の方角へ足を向けて来ました。
足の向いた方、土の調子が、この向いた足の歩み加減に叶う方向へと、そぞろ歩きをして来るうちに、この寝覚の里、すなわち七里の渡しの渡頭へ出てしまったのです。
土地を踏む前に、その予備知識の吸収に怠《おこた》りのないお銀様が、七里の渡しの名、間遠《まどお》の故事を知らないはずはありますまい。
表面は目的の変更から、そぞろ歩きのまぐれ当りにこの七里の渡頭へ来てしまったもののようですが、事実これは予定の行動で、問題の物語の尼寺をひやかした後は、当然
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