を得たものですから、その尼寺へ行って見たいという気がきざしていたものです――なお、その尼寺に行くということも、女性特有の嘉遯心《かとんしん》のひらめきがさせた業《わざ》ではなく、ある機会から、お銀様の悪女性をそそるところの一つの物語を聞き込んでいたからのことで、そこで、この人は名所歴訪の意味でなく、悪女性の痛快癖から、ひとつその物語のある尼寺というやつを見てやりたい――こんな気勢が、熱田の明神の社頭から、お角さんを蒔《ま》いてしまうという結果となり、ついにはとうとう先方の癇癪玉《かんしゃくだま》を破裂させて、お角さんだけはお先へ御免蒙って、名古屋へ乗りつけてしまうという結果にまで立至らせたのです。
だが、どちらにしても、このいきさつ[#「いきさつ」に傍点]はもう先が見えているので、熱田へ来れば、名古屋へ来たも同様であり、名古屋へ来れば落着く宿はちゃんと打合せも準備も出来ているのだから、お角さんが癇癪を起してみたところで、ただ一足お先へというだけのもの、お銀様が迷子になってみたところで、迷子札の文字を読みきっていることはお角さん以上であり、ことに、お角さんは癇癪こそ起したけれども、お銀
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