「どうして」
「良斎先生、これはたしかに、北原さんが今朝持って出た第一号の鳩ですぜ」
「え」
「どうしてそれが分ります」
 良斎と柳水とが声を合わせてこちらを向く。
「どうしてといって、あなた、この鳩には、北原さんから頼まれて私がいちいち足のところへ銘を打ちました、銘を打たなくとも、羽と毛の特徴と、気分で、私にはよくわかります。これはたしかに今朝、北原さんが持って出た第一号に相違ありません」
「してみると、北原君がまだ高山へ着いているはずはないのだから、途中から放して返したのだな」
「そうかも知れません」
「そうだとすれば、何か便りが書いてあるだろう」
「私も、そう思って見ましたが、文箱《ふばこ》がありません、どこにも合図らしいものが認《したた》めてはありません」
「してみると、北原君が承知で放したのではなく、鳩が勝手に放れて戻って来たのですな」
「そうとしか思われませんが、そうだとすればいよいよ変です、無意味に鳩を逃す北原君ではなし、鳩もまた、勝手に馴れた人の手から逃げたがるはずはないのですから……」
 その時に、三人の面《かお》に三筋の不安な色が同時に閃《ひらめ》いたのは、もし
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