や! 途中の変事、北原がこの鳩に合図をする遑《いとま》もなく、鳩もまた合図を待つの余裕を与えられざるほどにきわどい場合。それを想像せられないではない。
 池田良斎は浴槽から飛び上って、そうして、あわただしく身体《からだ》を拭いはじめました。
 良斎も、柳水も、宗舟も、相次いで浴槽を出て、それから急に炉辺閑話の席に非常召集が行われてみると、案の如く、残された三羽は村田の手で安全に籠の中に保護されていて、浴室へ紛れ込んだそれは、まさに北原が今朝持参して出て、おおよそ三日の後に手紙をつけて送りかえすといったそれに相違ない、五羽のうちの第一号です。
 当然、良斎が懸念《けねん》したと同様の不安が、北原はじめ一行の上にかけられなければなりません。そのまた当然の行動として、直ちに、その不安を確めるための特使が、この一座のなかから選定せられなければならないはずです。否、選定されるまでもなく、我も我もと志願するものが出て来ました。
 まもなく、山の案内の茂八を先導に、堤、町田の三人のうち、町田は残ることにして、猟師の十太が加わるの一行が早くも結束して、この宿を発足しました。
 この場合に、やはり、普通
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