いだのは池田良斎でした。
「宗舟さん、済みませんが、その鳩をちょっと見て下さい」
「どうしましたか」
「あなたは御職業柄、観察が細かいに相違ない、北原君愛育の鳩についても、特別に見覚えがなければならない」
「よく見ておりますよ」
「たしか、五羽いましたね」
「ええ、五羽でした」
「その五羽のうちを、今朝出立にあたり、北原君が二羽だけ懐中して行ったはずです」
「その通りです、高山に着いたなら、早速に手紙をつけて放ち返すからとおっしゃいました」
「そうしてあとの三羽は、村田君が北原君に代って監督していたはずです」
「それに違いありません、一号と二号だけを北原さんが持って行きましたから、三、四、五がこちらに残っているはずです」
「仕方がないな、村田君、頼まれものだから一層用意周到に監督すればいいのに、こんなところに舞い込ませるようでは、あとを猫か、いたち[#「いたち」に傍点]に御馳走してしまわねばいいが」
「それもそうですね」
 こう言いながら宗舟は、手拭片手で流しの隅っこへ行って、無雑作《むぞうさ》にその鳩を取捕まえて、ちょっと仔細に眺めていたが、面《かお》の色を曇らせ、
「おかしいですよ
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