歩む心地、出でて遠くながむる風情《ふぜい》、いかにも優雅なる画趣|有之《これあり》、北地のものとは見えず、これに悠長なる王朝風の旅人を配すれば、そのまま泰平の春を謳《うた》ふ好個の画題に御座候。
これより須賀川、郡山、福島を経て仙台に出づる予定に御座候。
沿道に見るべきものとしては、二本松附近に例の鬼の棲むてふ安達ヶ原の黒塚なるもの有之《これあり》候、今ささやかなる寺と、宝物と称するもの多少残り居り候由。
文字摺石《もじずりいし》、岩屋観音にも詣で参るべく、須賀川は牡丹園として海内《かいだい》屈指と聞けど、今は花の頃にあらず、さりながら、数百年を経たる牡丹の老樹の枝ぶりだけにても観賞の価値は充分有之と存じ居候間、これにも参りて一見を惜しまざるつもりなれど、儲《まう》け物としては、この須賀川の地が亜欧堂田善《あおうだうでんぜん》の生地なりと聞いてはそのままには済まされず候。
御承知の如く亜欧堂田善は司馬江漢と共に日本洋画の親とも称すべき人物に御座候。遠くは天草乱時代に山田右衛門作なるもの洋画を以て聞えたる例これありといへどもその証跡に乏しく、近代の実際としては田善、江漢を以て陳呉と致すこ
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