、その豪宕《がうたう》なる海と、太古さながらの景を見るうちに、縁あつて陸奥の松島まで遊意飛躍|仕《つかまつ》り候事、やみ難き性癖と御許し下され度候。
かくて北上、勿来の関を過ぎて旅情とみに傷《いた》み候へ共、小名浜の漁村に至りて、ここに計らずも雲井なにがしと名乗る山形の一奇士と会し、相携へて出発、同氏にそそのかされて、磐城平より当然海岸伝ひに北上いたすべき道を左に枉《ま》げ候事、好会また期し難き興もこれあり候次第、悪《あ》しからず御諒察下され度候。
松島の月も心にかかり候へども、この辺まで来ては白河の関、安達ヶ原、忍《しの》ぶ文字摺《もじずり》の古音捨て難く候ことと、同行の奇士の談論風発、傾聴するに足るべきものいと多きものから、横行逆行して、つひに今夜白河城下に参り、都をば霞と共に出でしかど、秋風ぞ吹くといふ古関のあとに、徘徊《はいかい》去るに忍びざるものを見出し申候。
白河の関址と申すところは、一の広袤《くわうぼう》ある丘陵を成し、樹木|鬱蒼《うつさう》として、古来|斧斤《ふきん》を入れざるものあり、巨大なる山桜のさるをがせを垂れたるもの、花の頃ぞさこそと思はれ申候。この森を中に入り
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