いが、それでもなんだか、自分が尊くも勇ましくも感じて、涙がこぼれるほどであったのだ、自慢ではないが百姓ならば本業で、武蔵野の原で鍛えた腕に覚えがある、内職の方の興味と宿業が、ついつい今日までの深みにはまらせてしまったのだが、自分は本来、百姓が好きなのだ、好きな百姓を好きなように稼げない運命のほどが、自分の曲った内職を助長する結果になってしまったのだが、これから誰|憚《はばか》らず本職に立戻れる愉快。
駒井の殿様から頼まれて、農具の類《たぐい》もあとから買い集めて船へ積込んで置いたが、なお不足の部分は石巻へ行って買い足すことにしてある――種物類も、得られるだけは集めておいたが、なお奥州辺には変った良種があるだろう、この途中でもその辺を心がけておきたいもの。
そういうことを考えて、七兵衛は腰を上げて、勿来の関を下って聞いてみると、ここで田山白雲の影がいっそう鮮かになってしまいました。
今までは武者修行の、剣客の類であろうとのみ見られていたのが、ここでは明らかに絵師としての記憶に残っていて、その人を現に小名浜の網旦那の許まで送り込んだという現証人さえある。七兵衛は直ちに小名浜の網旦那を
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