ってみると、まさしく、それらしい人の当りのつかないというところはありません。それというのは、一つは天性盗癖ある者は、同時に機敏な探偵眼をも備えていて、七兵衛の追い方とたずね方が要領を得ていたせいかも知れないが、もう一つは、白雲そのものの人品骨柄が、目立たざるを得ない特徴が物を言い、到るところで、
「その武者修行のお方なら、かくかくで、これこれのところへおいでになりましたのが、それに違いごんすまい」
画家という者はなく、武者修行の剣客とのみ見られている。事実また当人も画家と言わず、剣術修行を標榜して渡って来たのかとも思われる。そこで七兵衛は、上手な猟犬が獲物を追うと同じことで、あとをたどりたどり、臭いをかぎかぎ、ついに勿来《なこそ》の関まで来てしまいました。
勿来の関へ来てみたところで、七兵衛には、白雲のような史的回顧も、詩的感傷も起らないのだが、それでも、ここが有名な古関の跡と聞いてみると一服する気になって、松の根方へ腰を下ろして煙草をのみはじめたものです。
そうしていると、白雲ほどの内容ある感傷は起さなかったが、ただなんとなく、人間も楽はできないものだとしみじみおもわせられまし
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