と脱兎の如く、この拗ねた病室へやって来るという有様でした。
 駒井が船橋《ブリッジ》の上で、お松を相手に熱心に植民を説いている時分、マドロスは料理場から金椎《キンツイ》が得意の腕を振《ふる》ってこしらえた大きな真白いお饅頭《まんじゅう》を五つばかり貰って、それを抱えると、もゆる子の拗ねた病室へ飛び込んで行きました。
「もゆるサン、アナタ饅頭ヲ食ベルヨロシイ」
「どうも有難う」
「金椎サン、料理ウマイ、コノオ饅頭マタトクベツ旨《うま》イ」
「ほんとにおいしそうですね」
「色ガ白イ」
「ほんと」
「ヨク、フクレテイル」
「ほんとに、ふっくりしています、日本のお饅頭よりもおいしそうね」
「見カケモヨイ、中身モヨイ、ウマイデス、アナタ半分食ベルヨロシイ、ワタシ半分ズツタベマス」
といって、マドロスは饅頭の皮を剥いて、ふっくりしたのを二つに割る。
「サア、オアガリ、オイシイ」
「有難う、ほんとにふっくりして、おいしそうなこと」
「オ饅頭、支那ガ本場アリマス、金椎サン上手、オイシイコト請合イ」
 かくて二人は、ふっくりしたお饅頭を二つに割って、半分ずつ旨そうに食べている。
「モウ一ツオ食ベナサイ、
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