、駒井甚三郎あたりのせっかくの厳粛なる制裁心を鈍らせてしまうことになる。
本来ならば、マドロスに対しても、従来受けた仕打ちからいって、いやな奴、助平な奴、危険な奴として擯斥《ひんせき》すべきはずなのに、その後は忘れたように寛大な待遇をしているのですから、この際の病床を慰めに来てくれる唯一の友人として、マドロスを拒《こば》む模様はありません。
マドロス君は世界の国々を渡り歩いているために、変った唄を数多く知っている。それから、何かと変った楽器を弄《ろう》することを心得ているのもこの男の一得です。もとより渡り者のマドロス上りだから、高尚な音楽の趣味があるはずはないけれども、粗野と、低調ながら、異国情調を漂わせて見せるだけは本物です。
これがもゆる子の拗《す》ねた病床を大いによろこばせました。この娘のよろこびをもって、マドロス君がまたウスノロの本色を現わして、相好《そうごう》をくずしました。
おかしなもので、こうして二人がようやく熟して行くのです。拗ねた病床に於てのもゆる子は、マドロスが早く来てくれないことを待遠しがるようになり、マドロスはまたもゆる子の病床を訪う仕事の合間を見つける
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