そうして、船室に引籠ってみると、誰とてこの娘の御機嫌ばかり取ってはおられないのです。それぞれ持分もあり、仕事もある。ことに駒井などは、船長として、寝る間も油断ができない地位にいるから、このやんちゃ娘のお見舞などが御無沙汰《ごぶさた》がちになるのは無理もないことで、他の乗組とてもこの娘を邪魔物にする人は一人もいないけれども、そうそうかしずいてはおられないのみならず、甲板の上の海上の空気が、またなく人を快活にするものですから、茂太郎でさえ、この娘の方よりは、甲板と、マストと、帆と、ダンスとに親しみが深くなって、もゆる子の病床に来ることは、ホンの思い出した時ばっかりというようなことになったのが、この娘の船酔いをいよいよこじらしてしまったもののようです。
 ところが、ひとりこうしてわれと我が身を拗《す》ねて、他の者からそうでもない冷遇を受けているとひが[#「ひが」に傍点]んでいる娘のところへ、忘れずにしげしげと見舞に来たり、以前よりはいっそう親切に世話をしたりしに来る一人の頼もしい男がありました。
 その、たった一人の頼もしい男というのはほかではありません、それはウスノロ氏のマドロス君でありま
前へ 次へ
全433ページ中417ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング