です。
この子は、お君女のように感傷に落ちるところがなく、兵部の娘のようにだらしのない空想家とも違い、聡明であって、そうして教養があって、理解が深くて、同情心にも富んでいるという得易《えやす》からぬ徳を備えておりました。
海を走りながら、海についての知識だけではなく、駒井は折にふれての見聞と感想とを、或る時は断片的に、或る時はまた論述的に、お松を相手に説いて聞かせるのであります。
お松にとっては、それを聞くことが、何物よりも自分を教育することになると共に、駒井甚三郎その人の理想と人格とを理解するに最もよき機会でありました。
お松は駒井能登守の時代から、この人を尊敬すべき人格者とは信じていたけれども、その内容の価値に至っては審《つまびら》かにせず、ただ、品位あるが故に、地位高きがために、態度高尚なるが故に、人に対して親切であるが故に、感化せられていたようなものでしたけれども、ここに至って、駒井その人の遠大なる理想と、豊富なる学識というものに接してみると、また異った尊敬をこの人の上に置かねばならないし、同時に自分というものの世界もまた、曾《かつ》てなかった眼界を開かれて行くというこ
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