ホエール、ハズカム」
「鯨、鯨、鯨が出たってさ!」
いつしか茂太郎の人寄せ声が甲板でけたたましい。
六十四
と見れば百メートルのところに、思いもよらず押寄せていた抹香鯨《まっこうくじら》、それは十間以上十五間はあろうところの一団が、しおを吹いて南へ向って行くのです。
「ワン」
その声は茂太郎の声。思いがけないところから起ったので、見上げるとマストの中程に上っていました。
「ツー、スリー、フォーア、ファイヴ、シキス、セヴン、エイト、ナイン……」
ここでとぎれて、暫くして、
「みんなで九つであります、九頭の鯨が押寄せたのであります、素敵! 素敵! 田山先生に描かせたいものだなあ」
多分この計算は間違いないでしょう、高いところにいて、ことに物を見る目の敏《さと》い茂太郎の勘定ですから、報告にあやまりないものと見てよろしかろうと思います。
九頭の鯨が、悠々《ゆうゆう》として大洋を乗りきって行く壮観は、無名丸の船中を総出にして、手を拍《う》たせ、眼をすまさせました。
日本沿岸の太平洋も、この頃はまだ捕鯨船の圧迫が烈しくなかったから、海のすべてを警戒しながら海を
前へ
次へ
全433ページ中405ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング