黒船でございます、間違いなく」
「船ではないのだ、あれが鯨というものだ」
「まあ、あれが鯨でございますか――大きな魚もあればあるものでございますねえ」
「鯨によっては身長百尺というのがあるそうだから、ちょうどこの船と同じぐらいのやつがあるはずです」
「奈良の大仏さまよりも大きいということを話に聞きましたけれども、生きたのをはじめて見ました。あれ、まだあとからも続いて参ります」
遠眼鏡は、もうお松の占有に帰して、いつ離されるかわからない時、
「サラ、ホイノホイノホイ」
不意に、一種異様なる鼻唄の聞え出したのは、例の茂太郎の出鱈目《でたらめ》ではなく、マドロス君がマドロス服で、おかしい節をつけながら、海の中から錘《おもり》をひきあげているのです。
数学の教授終り、茂太郎と社交ダンスの時間も切れ、今はこうして職業にいそしんでいるものらしい。
「おい、マドロス君!」
と駒井が声高く呼び立てると、けげんな面《かお》をしてこっちを眺めながら、錘をたぐり上げている。
「鯨が出たよ、ホエール、ホエール」
「ホエール」
マドロスは、故郷の友達でもやって来たような晴々しい面色になる。
「ハズカム、
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